2020年8月24日月曜日

イタリア語初心者が新聞記事を伊伊辞書だけで読む遊び

先日、イタリア語学習について2つ記事を書いたが、微妙にやり方を変更したので書いておこうと思う。

基本的にイタリア語のニュースとTwitterのツイートを読み、その時に調べた単語をAnkiに入れて覚える、という作業を繰り返している。とりあえず3,000語ほど収集出来たら次のフェーズ(とにかく多読する)に行けるか試すが、とりあえず今のところそれ以上の事はほぼしていないのと同じだ。

ある日、いつもの時間とは別で目を通していた記事の単語をどうしても知りたくなって、とりあえずiOS付属辞書を引いたのだが、伊英辞書と一緒に伊伊辞書が表示された。その語義がたまたまわかってしまったので、「これはもう伊伊辞書を使っても良いかもしれない」と思った。でも、すでに紀伊國屋で買っていた紙の辞書『il mio primo DIZIONARIO MIOT』はちょっと引くのが面倒に感じられた。それで以前イタリア語学習の下調べをした時に、「イタリアの辞書はこれが定番」らしきlo Zingarelliというイタリア語辞書を発見していたので、iOS版を探してみた。で、lo Zingarelli 2021があった。イタリアのイタリア語辞書なのでUIは全部イタリア語なわけで、課金してオフライン使用できるようにするまで結構大変だったが、なんとか使えるようにはなった。今はiPhoneとiPadでオフラインで使えるようにしてある。

それで、「イタリア語の新聞記事を伊伊辞書だけで読めるか?」という遊びをしてみたのだが、「全くわからないわけではないが、正確な理解とは言えない」「でも言いたい事はなんとなく分かる」程度のレベルならば読めることがわかった。ゆるい学習態度で2ヶ月続けてこれなら上等だと思う。それで、これをimmersion method的な感じにできないかと思い、普段やっている単語収集作業のイタリア語読みの時にやってみることにした。



上の画面のように、iPadのsplit viewを使いイタリア語新聞とlo Zingarelli2021を表示する。それで、気になる記事を読みつつ辞書を引く、という作業をひたすらする。Ankiへの単語入力までの手順は今のところ過渡期のため、学習効果がありそうで手順の少ない方法を検討しているところだが、とりあえず「伊伊辞書を引きながら読む」間に「紙に単語を抜き出し」ておいて、キリのいいところで「伊英辞書を引いて語義を抜き出し」「単語が最初に推測した通りであるか確認する」、その後「Ankiに入力する」という手順にしている。

この作業が思ったより面白くて、1日20分から40分ほどにしていたイタリア記事読みの時間が、いつの間にか午前中いっぱいかかるようになってしまった。一時的に脳疲労のためか、いろいろと具合が悪くなった。でも、1日イタリア語読みをやめてみたら回復したので、今もとりあえず続けている。飽きるまで、あるいは3000語単語が収集できるまではこれを続けるつもりだが、この先どうなるかは全くわからない。とりあえず今は楽しくやっている。

それで、とりあえずla Repubblicaのアプリ会員(?)が初月1ユーロだったので、なんとなく購読を開始してみた(その後1年は6.99ユーロ、その後は9.99ユーロだったはず)。記事読みのターゲットをどの新聞にするかちょっと考えたが、今の時点で完璧に肌にあう1紙を見つけるのは大変なので、気に入らなかったらすぐに購読停止すればいいと思っている。問題は停止時に電話かメールでイタリア語で申し込まないといけない事だが。

2020年8月18日火曜日

2019年秋の英検1級の成績

 

そういえば、2回目の英検1級の成績をアップしていないことに気づいた。これを知らないと、1回目の成績だけで私がものすごく負け惜しみを言っているように見えるので、掲示しておいた方がいいだろう。とはいえ、これも去年の秋の試験の成績なので、今は多少はマシな成績になると思っている。でも、もう受験するつもりはない。

この試験結果までの学習記録は以下のリンク先にある。

https://blogger.tosh-jp.com/p/blog-page_20.html


2020年8月10日月曜日

イタリア語学習の経過報告【開始後2、3ヶ月?】

イタリア語学習は思ったより楽しくかつ順調に続いている。たまに致命的にならない程度にテキトーにサボるのが続けるコツと言えるだろう。

いつイタリア語学習を始めたか、実は全く覚えていない。5月半ば頃に何となく新たな外国語に取り組もうと思った記憶はある。で、ちゃんと始めたのが6月半ばなのではないかと自分の中では思っている。ただ、このコロナ禍のせいか、座禅のしすぎだったのか、本当にすぐに以前の事を忘れてしまう。おかげで過去の嫌なこともある程度解消できたが、イタリア語学習の開始時期については本当に正確な情報は出せない。

今やっているのは基本的に「単語の収集」と「ボキャビル」と言える。前の投稿でちょっと書いたが、ニュースサイトの記事やTwitterの面白いツイートを伊英辞書を引きながら読んで、調べた単語をAnkiに登録していく作業を1日20分から40分ほど使ってやっている。そのAnkiに登録した単語を毎日ちょっとずつ覚えている。この収集作業とは別で、『使えるイタリア語単語3700』という単語帳の単語もAnkiに少しずつ登録している(自分が入手した単語帳の中では1番使いやすい印象がある)。ここでは関係ないが、せっかくなので以前やっていた英語のSVLのAnkiも再開した。

個人的にイタリア語の学習しやすい所は、英語知識と文脈からある程度は推測可能な所だ。例えばイタリア語の”iniziare”という単語は英語の”initiate”と同じ語源なわけで、全体の文脈と相まって「何となくこんな事を言っているのだろう」と分かるのだ。わからなければ単純に辞書を引けば良い。全体的な文構造も同じヨーロッパ言語という事である程度似ているので、大学受験期に英文解釈をそこそこやっていた人なら理屈で大体分かる感じだ。ただ、イタリア語特有の前置詞や、前置詞と冠詞が合体した単語や、「これは変化しすぎだろ」的な動詞変化には対応が難しい。そういう場合、辞書でも対応できなかったりするので、Google翻訳に単語を入力して英単語に変換してもらっている。

イタリア語単語の意味は英単語に変換していて、Anki用の訳語も英語にしている。前述したとおり、割と似た感じの訳語が英語にあるので、その方が覚えやすいからだ。前述した単語帳の訳語は日本語なのだが、わざと伊英辞書を引き直して登録している。ちなみにイタリア語と英語で全然意味が違う単語もある、ということは知っている。だから一応辞書を引いて確認したりもする。

それで、今は8月のお盆前で、収集した単語数は550語ほどだが(完全に覚えたとは言ってない)、簡単な(たまたま知ってる単語や推測可能な単語が沢山ある)イタリア語の文章は大雑把に何を言いたいのか分かるようになってきた。こういう雑な理解度の示し方をすると点取虫は嫌な気分になるらしいが、これしか言いようがない。ヨーロッパ人の多言語話者のYouTube動画で「3ヶ月で言語習得!」みたいなタイトルがちらほらあるが、英語の下駄を履いているとは言え、言語的に遠い日本語話者が数ヶ月ほどのユルい学習態度で多少は文章を理解できてくるのだ。「そりゃ言語的に近い彼らがガチになったら速攻で習得できるだろうよ」と思わないでもない。もちろんそれも各人の手法と努力次第とは言えるが。

そういうわけで、今現在は英語のゆるい多読多聴と並行して、イタリア語学習をしている。で、「今のところ楽しくやっているし、進捗も割と順調です」という話だった。

そう言えば、以前この「単語の収集」をかなり自動化した感じの人をTwitterで見たが、ここでそれを書くと引用元なしにパクった事になってしまうので黙っておく。なお、私はそこまで機械的に覚えようとは思わない。

2020年8月3日月曜日

その後の話【坐禅・瞑想編】

英検1級受験をやめた後どうしているか、という話を書いているが、この話を書いたら終わりにしようと思う。

2019年1月18日から瞑想を始めた(日付まできっちり覚えている)。元々Sapiensの著者のハラリ氏がHomo Deusや21 Lessonsで「瞑想良いよ」みたいな話を書いていたので、「そんなに良いならやってみよう」と思ったのが始まりだ。

それからほぼ毎日休みなく瞑想を続けてすでに1年半経った。瞑想の手法的なモノはその時々で変わっていったが、今は毎朝3時半に起きて線香1本分数息観をしている。私の線香だと横置きの香炉に置いて丸々1本燃え尽きるのに35分かかっていたので、瞑想タイマーアプリで35分にセットしている。1ヶ月ほど1日合計2時間くらいやっていた事があったが、いろいろとヤバいのでそこまではしない事にした。今のところ数息観が一番自分に合っている気がするので、しばらくはこの手法を続けようかと思っている。ただ、時々日中に「ちょっと坐禅するか」と思い立った時は単純に呼吸に集中する方法にしたり、日中にいろいろやる気がない時は横になってマインドワンダリングしてみたりしている。ヴィパッサナー瞑想も気になっているが、自分の環境だとちょっと無理そうに感じている。ちょっとやってみたこともあるのだが、雑音が多すぎて「聞いた」というラベリングばかりになってしまうので。

それで、今の時点で坐禅や瞑想の効果ってどうなのか?ということなのだが、「1年半続けているが結局何にもなってないような気がする」と思い始めている。別に禅僧の決まり文句の「無功徳」を気取りたい訳でもなく、一周回って元どおりになってしまった様に感じている。確かにストレスを感じにくくなったり、ちょっと冴えたように感じないでもないのだが、スピ系とかでよくある「〇〇で幸せになる」「〇〇で幸運を引き寄せる」的な効果は全然ないのではないかと。瞑想を初めて半年くらいまでは、自分があたかも聖人になったかのように感じたし、その後一時的にものすごい幸せみたいなものを感じないでもなかったのだが、今は「ものすごく残念だけど私は私以上にはなれないよ」という思いになっている。

そうであっても毎日のウォーキングと同じような感じで、日課として坐禅と読経は続けている。毎日「すごくない自分」を「すごくない」なりに続けている感じになっている。それが面白いとか面白くないとかもあまり問題じゃないのかも知れない。ちょっとガッカリしつつひとまず生きている。でも時々「もしかしたらすごいかも」と期待して結局「やっぱりすごくなかった…」とガッカリする。

ストレス軽減的な効果は確かにあるのかも知れない。今回のコロナ禍を割と落ち着いて過ごせているのも坐禅の効果と言えなくもない。でも、「決定的な何か」は今のところ掴めていないのだろう。「決定的な何か」が本当に存在するかもわからない。

2020年8月1日土曜日

その後の話【イタリア語学習編】

英検1級受験をやめた後にどうしているか、と言う話を書いているが、今回は多言語学習的な話をしたい。

現状イタリア語を新たに勉強している。なぜイタリア語を選んだか。英語ではまずないのだが、それ以外の外国語を始めると大抵その国の悪口が聞こえてくる。中国語でも韓国語でもフランス語でも手をつけると例外なくその国をDisる言動を目にした。それでやる気を無くしてしまう部分もあったので、基本的に悪い話を聞かなさそうな国の言語を勉強しようと思ったのだ。それで、イタリア文化は思った以上に日本に浸透しているのだが、それでいて悪口はまず聞かないので、イタリア語を本格的に学習してみようと思った。

イタリア語学習と英語の兼ね合いだが、基本的に学習と思わない範囲での多読多聴と短時間のボキャビル程度ならば、他の勉強をしながらでも継続できそうに思っている。もう英語コンテンツを見るのは普通の行為になっているし、多読多聴だけで英語力がちょっとずつ伸びている感じがあるので、もう勉強っぽい勉強はしなくて良いと思っている。

イタリア語の勉強は「いかにも勉強っぽい勉強は避ける(少なくとも自分が勉強だと認識する行為はしない)」と言う方向で進めている。今やっている事の参考にしたのはこの本この本で、基本的にネイティブ向けコンテンツを楽しみつつ言語を覚えよう、と言う事になる。最初は色々模索していたのだが、結局ネイティブコンテンツ(私の場合はイタリアのニュースサイトなど)に親しむのが一番続けるのが楽だと気づいた。英語や中国語の時の修行のような学習法はもうやりたくないし、しばらくはこの方法に拘ってみる。

今の所、具体的には、
・ニュースサイトやTwitterのイタリア人のツイートを伊英辞書を引きつつ読む
・その文章を自動読み上げさせてシャドーイングする(厳密にはオーバーラッピング)
・調べた単語をAnkiに入力する
・Ankiで単語を覚える
・余力があったら単語帳の単語も並行して覚える
と言うことをやっている。これを定着した語彙数が3000を超えるくらいまで続けようかと思っている。

基本的にイタリア語単語の意味は英語と対応させている。日本人の英語学習者には英語で勉強することに異論があるかもしれない(特に初心者が顧客のインフルエンサーワナビーみたいなタイプを気にしている)。英語のインプット能力が十分でないとちょっと無理ではあるのだが、イタリア語は日本語よりも英語の方が言語として近いので、より学習しやすいように感じている。少なくとも私は。

別にイタリア語ができようができまいが、私の人生には、少なくとも短期的にはなんの影響もないので、とにかく面白がってやれる方法を取ろうと思っている。