2016年6月14日火曜日

Webの英文記事はだいたい

実は昨日のニュースの話は、よく覚えていないのだが、見出し部分だけ見ていた恐れがある。だから、日本の報道がおかしい、ということはないかもしれない。

昨日はWebで英語の英語記事を探していた。英語で書かれた英語に関する記事。例えば「なぜ日本人は英語ができないか」とか「なぜヨーロッパ人は英語ができるのか」という記事だ。で、そういうネイティブ向きじゃなく、誰にでも読ませる前提の記事はかなり簡単だとわかった。わからない単語もたまにあったが、ある程度推測できるので、大意を読み取るのには問題ないと思う。

そうなると、「リーディングの訓練は別に洋書でなくてもいいなあ」ということなのだが、ネットの文章はたまに文法的に正しいのかよく分からない文章があったりして不安になるので、ライティングまで繋げるなら洋書の方がいいのだろうなあ、と。

自分の中では、「すでにTOEIC800点」というつもりでいるのだが、実際750くらいだったらどうしようとか、600点台に下がったらどうしようとか思うわけで、「何点以下だったらどうしよう」的な思いは1月から変わっていない。正直一度700点を超えてしまったら、自分の感覚的なもので推し量ってもいいのではないかとは思う。

もう7月の試験は申し込んでしまったので、800点目標に頑張るしかないが、正直もう今の英語のニーズを十分満たしてしまっていて、これ以上英語のトレーニングを頑張る必要もないかなあ、と思い始めてきた。とりあえず8月にスコアを見るまでは頑張るが。

話はかなり変わるが、昨日心境の変化があった。

銃乱射事件で、「なんでちょっと人と違うだけでこんな目に合わないといけないんだ。ひどいな」と思ったのだが、それは病人という意味で少数者である自分の自分に対する見方にも言えるのだ。私と全く同じ人格の人間がいたとして「お前は価値がないのだ!」と吐き捨てることはできるか?と言ったらできない。もうちょっと自分を可哀想に思ってもいいのではと。可哀想というか、もうちょっと大事に想うというか。

いつまでこの考えが続くかわからないが、それを考えたらなんだかやたら厳しい英語トレーニングを課している自分はどうなんだ?と思い始めてきたのだ。英語上級者から見たらたいして厳しくないとは思うが、一般的なレベルで言えばかなり無理している感じがする。大特訓というような。

まあ、英語のトレーニングは続ける。少なくともTOEIC800点は見たいので。それに一番きつい音読筆写1時間をやめればいつも通りの日課に戻るし、特別新しく教材を買ったわけでもないので、何か損したと感じる要素はない。もちろん続けられる限り続けるが。

だらだら文章を書いていたら大分時間が経ってしまった。

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